9/生長の家分裂崩壊問題の真因はどこに?

 現在の三代目生長の家総裁になってからの方向性が、生長の家立教の使命とは真逆な方向に向かっていることについて、前回迄何回かに分けて書き込んできました。そんな中で、何故このような混乱した状態に生長の家がなってしまったのか、その奥底の原因について、自分自身思い当たることがありましたので、引き続き生長の家関連のこの問題について書き込むこととしました。今回もこの問題にご興味のない方はどうぞスルーしてください。

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 生長の家の説く真理は実に広大無辺です。ある評論家は、生長の家を「宗教のデパート」と評したほどです。生命の実相哲学によって、人間の本質が「神性・仏性」であることを説き示し、その哲学的宗教的把握を通して、世界の主要宗教・神話の真髄に流れる共通点を明らかにすることにより「万教帰一」を説き、さらに自然科学、哲学、心理学の本質にも穿ち入り、宇宙全体を貫いている「真理・法則」を矛盾なく解き明かす力を秘めています。故に、それぞれの人間が抱える様々な人生問題を、より高度に法則的、霊的、真理に基づく解決方法を見つけ出す事が可能となるため、人々の病気、人生苦、家庭問題、社会問題、広くは国家的問題さえも解決する力量を持ち得ているのです。

 生長の家の説く真理体系が余りにも広く深いためでしょうか、それを学ぶ一人一人の受け止め方、説き方、理解力が千差万別違って来るのは、致し方ないのかもしれません。ある人は治病や家庭問題解決に生長の家を利用し、ある人は経済問題解決に生長の家を利用し、またある人は自身の能力向上や企業経営に焦点を合わせて生長の家を利用しようとします。実際に真理を知り行ずれば当初の目的は達成されるでしょう。なぜなら宇宙の法則や心理学、精神科学の法則に準ずれば、心的原因が正されるようになり、「心の法則」(三界唯心所現)にしたがって、現象界に結果が現れるからです。どれも決して無駄ではないのですが、その部分だけの把握や実績をもって、「私は生長の家を理解し得た」と云い切ることはできないのは当然と言わねばなりません。

 創始者の谷口雅春師は、生長の家が20世紀末のこの時期、地球上に現れた根本的理由について、次のように説いています。かなり長くなりますが、大変重要な文章ですので、あえて引用させて頂きます。

 《そのようにして、住吉大神は、曇っている現実世界に太陽の御子を天降し導いて、地上に天照大御神の御光を持ち来たし、永久平和を現実世界へ生み出すための働きをしているわけであって、日本の國體というものが、如何なるものであるかということを、それの隠れている覆いを除いて現実の世界にあらわす、浄化の働きであり、実相を生み出すという働きをなさるという働きで、今、この御働きが続々進行中である。
 これこそが、生長の家出現の使命であるのです。政治局が生長の家の本部の機構にできたのもそのためです。
・・・・(中略)・・・・
 そこで、どうしても、そう云う世界を産み出すためには万教の神髄を礼拝して手をつなぐ、万教帰一にして、しかも日本の國體を明らかにする宗教が必要だという神の御意志で、そういう使命をもって今、生長の家へ現われているのであるというわけであります。》(昭和39年11月29日「實相研鑽会」谷口雅春先生の結語より)

 これをお読みになれば、生長の家出現の人類的使命が理解できます。日本民族の祖先が直感力によって、宇宙の現象展開のメカニズムが如何なるものであって、具体的にどの様に現象世界に神々の世界が展開するのかということが、古事記の神話に書き記されているのであります。その神話の預言に示されている通り、実相世界(天照大御神)が地上に展開する直前に、宇宙浄化の働きとして住吉大神(生長の家)が現れ、世界中の迷いを浄化せしめる必要があるのです。生長の家の出現の使命は一点にそこにあると言わざるをえません。

 生長の家の出現の使命は、実相世界(天照大御神)の地上顕現のための直前の大浄化の働き(住吉大神の宇宙浄化の働き)であります。「生命の実相」哲学の「人間神の子」の真理をキーワードとして、世界中の宗教の真髄を解き明かし、一宗一派の宗派争いを根絶せしめる「人類光明化運動」の目的も、実にここにあります。

 では、実相世界とはどんな世界なのでしょうか? 日本国家の建国の理想とは如何なるものでしょうか? 次に谷口雅春師が昭和12年に記した文章を紐解いてみましょう。これも大変長くなりますが、師の率直なる気持ちを知る上で大変重要と思われますので、ご一読ください。

 《私は『生長の家』と云う大いなる団体を作って、その主宰者となり、自分の団体の勢力を拡張したいとは思っていない。ただ私の心の中には国家あるのみであり、人類あるのみである。ここに私は『国家』と『人類』との二つを同格に並列せしめて語ったが、私にとっては『日本国家』と『人類』とは同格なのである。日本国家が栄えることによってのみ、人類は栄えるのである。
 『生長の家』で説く『實相』は、既往の仏教者の大多数が誤って『實相すなわち空なり』と説いたような『空』ではない。『實相』とは空気のような、エーテルのような空しき無常の存在ではない。實相とは無限荘厳の組織体である。だから實相が顕現するとは、無限荘厳の組織体がこの世界に顕現しなければならない。そしてヘーゲルも云ったように『国家は最高の組織体である』が故に、完全なる国家の顕現が、實相の顕現であるのである。
 而して世界にありとあらゆる国家組織体のうち、日本国家“のみ”が最高完全の組織体である。それ故『日本国家』は神の理念の最高顕現であり、無限荘厳の實相の顕現であるのである。
 而して『日本国家』が広がり行くことは實相の顕現がひろがり行くことになる。『日本国家』のために尽くすことは『人類』のために尽くすことになる。人ややもすれば『国家』的立場は一つの執着の立場であり、人類的立場は一層高き普遍平等的立場であると思いたがろうとするのであるが、日本国家に於いてのみ、国家的立場は人類的立場と完全に一致するのである。国家的立場と家族的立場とは悉く『まこと』(實相)の一つに於いて一致する、これが生長の家の光明思想である。》(「明窓浄机」草創篇・昭和五年~十二年 P.257-258より)

 実に含蓄ある言葉であります。ここに師の生長の家立教の発願の原点を見ることができましょう。師には微塵も私利私欲が感じられないのです。全てを「国家」と「人類」に捧げきる姿勢が感じ取れて、清々しい思いを受けるのは、小生一人でありましょうか。

 《實相とは無限荘厳の組織体である。だから實相が顕現するとは、無限荘厳の組織体がこの世界に顕現しなければならない。そしてヘーゲルも云ったように『国家は最高の組織体である』が故に、完全なる国家の顕現が、實相の顕現であるのである。》とありますように、「実相世界」とは無限荘厳の組織体なのであります。同時に永遠性を持った中心帰一の世界であります。

 無限荘厳の実相世界が、永遠性を持った中心帰一世界であり、その最高完全なる現象国家への顕現が唯一日本であることについて、次のように明記されているのです。《世界にありとあらゆる国家組織体のうち、日本国家“のみ”が最高完全の組織体である。<その理由は、その中心(すめろぎ)が万古不易(ばんこふえき)永遠に続いているからである。外国の国家のように中心定まらず、時々交代するようでは最高完全の組織体とはいいがたい>。それ故『日本国家』は神の理念の最高顕現であり、無限荘厳の實相の顕現であるのである。》

 谷口雅春師が生長の家を立教せしめたところの究極の意義がどこにあるのか、もはや以上の説明で明らかでありましょう。「実相世界の最高顕現たる日本国家の理念、即ち天皇(すめらぎ)に中心帰一する真理国家の世界的使命実現」という遠大なる理想を現象世界に顕現するために、生長の家が出現したのであります。その理想実現、即ち実相世界の地上への顕現のためには、まず「迷い」を悉く払拭せしめねばならないのです。それが宇宙浄化であり、それが住吉大神の宇宙浄化の御働きであり、生長の家の使命であります。その浄化は正しく実相を指し示す「潮満の珠(しおみつのたま)」(肯定の言葉)と、迷いを否定する「潮干の珠(しおひるのたま)」(否定の言葉)によって達成されるのであります。

 この生長の家の根本理念から遠ざかる程度に応じて、生長の家の教団はその存在意義が薄れ、その根本理念を忘れる程度に応じて、浮き草の如く、漂い始めるのです。生長の家は、実相世界の遠大なる理念の展開として現れたのです。生長の家組織に提供されるインスピレーションとエネルギーの源泉は、実相世界(神界)に直結せる「理念の根」を通して供給されていました。しかしながら、「理念の根」を忘れ去り断絶した現在においては、実相世界からのインスピレーションとエネルギーは閉ざされ、衰退と分裂と崩壊の一途を辿るしかないのであります。

 これを打開する方法はただ一つ、「潮干の珠(否定の言葉)」を使って、組織と吾々自身に潜む「迷い」の観念を徹底的に否定し去り、実相世界の無限荘厳なる姿を「潮満の珠(肯定の言葉)」を使って明らかにするより外はないのです。この現象世界は「三界唯心所現」「心の法則」の展開せる世界であり、心の投影が現象世界に映し出される仕組みになっているからであります。そして、現象世界を現し出す最後の責任者は、全ての人間一人一人にあるのです。一人一人の想念、言葉の力が、この現象世界を現し出すが故に、「迷い」の否定と、「実相」の肯定を駆使する必要があるのです。

 そこで重要になることですが、実相の「無限荘厳なる姿」をイメージするといってもあまりにも抽象的過ぎるのであります。やはり実相世界が如何なる世界であるかということを、もっと具体的に知る必要があるのです。でなければ、さらに現象世界は混沌として収集がつかなくなるのです。《『生長の家』で説く『實相』は、既往の仏教者の大多数が誤って『實相すなわち空なり』と説いたような『空』ではない。『實相』とは空気のような、エーテルのような空しき無常の存在ではない。實相とは無限荘厳の組織体である。》と書かれています。「実相すなわち空なり」と説いている間は、心の展開としてこの現象世界も空々漠々なる混沌とした世界とならざるを得ないのです。実相世界が中心帰一の無限荘厳の組織体であることを明確にし得た時、心の反映としてこの現象世界が整ってくるのです。

 日本民族は大昔から、神様の世界(実相世界)が中心帰一の永遠の世界であることを知っていたがために、民族の心の顕現として、天壌無窮の天皇を中心とした国家を形成し得たのです。日本以外の世界の国々では、民族が描く理想のイメージが、明確に実相世界の中心帰一且つ永遠性を発見し得ていなかったがため、その心の反映として、国家も永遠性のない、中心が曖昧且つ、変遷する不完全な国家を形成するしかなかったのであります。その結果として日本は世界に類を見ない平和で安定した豊かな国家が作られていることは、もはや世界中の注目の的でありましょう。何故日本国家と日本民族が、理想的な社会性、民族性を持っているのか、その根底に天皇国日本の国家作りがあることを、今後全世界の人々が知ることになるでありましょう。

 つまり、明確に「天壌無窮なる天皇国日本」というイメージに、集中することが極めて重要であるということであります。実相世界(神の世界)の中心帰一と永遠性を「迷い」の闇で覆いかぶせる程度に応じて、心の反映として自動的に不完全、不調和、争い、混沌の世界とならざるを得ないのは、仕方がないことといえましょう。吾々日本民族は、祖先が最も大切にして来た「天皇国日本」を、さらに大切にし、さらに明確に実相世界の完全な世界を現象世界に顕現せんがために、努力すべきであります。それこそが、日本のみならず全世界が平和になる基本となるのです。


 このように谷口雅春師の説いたところの、生長の家の理念はまさしく日本建国の理念と全く同じであることが理解できるのであります。この素晴らしい生長の家の理念、即ち日本建国の理念を吾々生長の家に縁ある一人一人が大切にすべきであります。現在三代目総裁が生長の家立教の理念とは全く反した方向に進めている現状を見るに、多くの関係者は悲しみと憤慨の念を禁じ得ない事でしょう。小生もその一人であります。

 問題の発端が、三代目総裁の信仰姿勢にあることは疑いの余地もありません。しかしながら、心の法則を知る者にとって、それだけでは済まされないことでもあるのです。三界は唯心の所現であります。総ては我より出でて我に返るのであります。環境は心の展開であります。現象世界で自分自身が見聞きするものは、たとえ相手があるにせよ、それを引き寄せた奥底の原因は、自分自身にあるのです。

 雅春師が亡くなった後、生長の家の指導者、幹部、信徒誌友は、いったいどれほど「天皇国日本」の実相顕現を大切にしてきたでしょうか? 勿論片時もその祈りと実践を忘れなかった方々もおられたことでしょう。小生は残念ながら、それほどまで大切にしてきたとは、恥ずかしながら言い切る事はできません。今振り返ってみるに反省しきり、心が痛みます。周囲の人々を思い返し、教団の様々な運動を思い起こすに、明確なる「天皇国日本」の実相顕現の思いと行動がどれほど徹底していたか、疑問です。

 結局は、私を含め生長の家を愛する一人一人の心の反映として、現在の教団の姿となって現れたと云いうるのではないでしょうか。その意味で観察するならば、現在の生長の家組織の分裂、衰退、崩壊の原因を作ったのは、私を含め吾々生長の家人だったということになります。その観点で観察する時、誠に申し訳ない想いでいっぱいになります。

 私も少なからず現総裁に対して批判の記事を書き始めています。そのことは客観的に見ても間違ってはいないと信ずるからです。しかしながら、同時に小生自身の過去の不徹底を知る時、現総裁に対する批判だけでは済まされないことを知るのです。「大調和の神示」に「汝ら天地一切のものと和解せよ 天地一切のものとの和解が成立するとき 天地一切のものは汝の味方である 天地一切のものが汝の味方となるとき 天地の万物何物も汝を害することは出来ぬ 汝が何物かに傷つけられたり黴菌や悪霊に冒されたりするのは汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省みて和解せよ」とあります。また「天地万物と和解せよとは 天地万物に感謝せよとの意味である」と・・・・。

 このような混乱と衰退が現象世界に展開するのは、「和解していない」からでありましょう。つきつめれば「感謝していない」からであります。では何に対してどのように感謝すべきでありましょうか? 愛する生長の家と自分で云いながら、本当に生長の家を愛していたのでしょうか? 「愛する」とは「一体になる」ということであります。生長の家と一体になるということは、生長の家立教の根本理念を愛し、一体となるということでありましょう。つまり、「天皇国日本」の実相顕現という立教の使命を愛し、一体となるということに尽きるのではないでしょうか? 

 少なくとも小生に限っては、その理念をいい加減な気持ちで遠ざけていたことを皆様に暴露いたします。そこに「迷い」の闇を蔓延させる真因があったことは否定できません。その結果として、現在の生長の家の姿が私の目の前に現れたのであります。原因の一端を担ったのは小生自身であったことを、否定することはもはやできません。

 その過去の自分自身の不徹底な姿、生長の家に対する愛のない姿勢、「天皇国日本」に対する不純な姿勢を目の当たりに見せてくれたのが、三代目総裁であったのではないでしょうか。そう観る時、初めて「大調和の神示」の「和解」と「感謝」に辿り着ける気がします。現象世界は心の法則で成り立っており、「因果眩まさず」であります。自身の心の影が現在の生長の家の姿であります。

 実に申し訳ない限りであります。


 此の度の問題を通して、一体自分は何を学ぼうとしているのでしょうか? 相手(環境)の中に潜む「迷い」を見いだしました。同時にそれの真因が自分自身の過去の心の中にあったことも見いだしました。それを教えてくれた現在の生長の家教団に対しても、観世音菩薩として感謝することができました。その次が問題です。その結果として自分は何をすべきなのか? もう答えは一つしかありません。生長の家立教の使命であるところの「天皇国日本」の実相顕現について、さらに明確に学び、言葉を以て綴って行くことです。私なりに、生長の家に対する御恩返しを始めることにいたします。それは取りも直さず「天皇国日本」の実相顕現という大理想の実現であります。

 きっと、此の度のような絶体絶命の大問題が小生の前に現れなければ、愚鈍な小生はいつまでも気付かずに眠り続けていたに相違ありません。

 それを教えて下さった雅宣先生、ありがとうございます。やっとこの問題に感謝ができました。この宇宙に感謝できないものは一つもないことを、又学ばせていただきました。そして、一切の責任は自身にあったことも・・・。

 感謝合掌

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