33/ 《實在にあらざる物を實在せるが如く扱ふこと勿れ》

谷口雅宣氏の『〝個人の救い〟は自然との調和の中に』を考察する-3


33-1) 「日本」と「地球」を唯物論的に見ている谷口雅宣氏

 引き続き、谷口雅宣氏の『〝個人の救い〟は自然との調和の中に』の論文に対する考察を行います。
《また、「日本」という地理的に限定された地域の人間のことだけを考えるのではなく、「地球」という大きな環境の中で人間社会全体が自然と共存・共栄する方法を、信仰のレベルから考え、具体的に提案しようとしているのであります。私は最近、人間が自然の一部であり、人間の幸福は自然を壊すのではなく、その懐に入って仲良くすることで体験できるということをよく感じるのであります。》(谷口雅宣著「生長の家総裁ブログ」『〝個人の救い〟は自然との調和の中に』より)

 《「日本」という地理的に限定された地域の人間のことだけを考えるのではなく、「地球」という大きな環境の中で人間社会全体が自然と共存・共栄する方法を、信仰のレベルから考え、具体的に提案しようとしているのであります。》と書かれています。この考え方も、現象的(唯物的)大小を比較して、「日本<地球」という唯物論的視点に立ったものの考え方であります。この見方自体が、「唯物的」「物質的」「現象的」「差別心的」見方です。

 本来「生長の家」は、その様な現象的見方は取りません。「我が内(生命の実相)に一切万物が実在している」「吾が心の展開が環境である」という見方です。建前上、谷口雅宣氏は、「唯神実相」「唯心所現」を掲げているように振る舞っています。しかし、氏の主張は、「唯神実相論」「現象無し」の生長の家本来の見方とは全く違っていることが、ここまでの考察でも十分理解出来ます。

 常に「唯物的」「物質的」「現象的」「差別心的」視点に立って、理屈を捏ねていることが分ります。谷口雅春先生の「生長の家」の看板を掲げているだけで、中身は本来の「生長の家」とは正反対の、「唯物論」や「反国家主義」なのです。

 生長の家の哲学は、「吾が内に国家があり、吾が内に世界(地球)があり、吾が内に宇宙がある」のです。「吾が生命の実相」と「日本の実相」と「地球の実相」と「大宇宙の実相」は、元々一体なのであります。谷口雅宣氏の称えている、《「日本」という地理的に限定された地域の人間のことだけを考えるのではなく、「地球」という大きな環境の中で人間社会全体が自然と共存・共栄する方法を、信仰のレベルから考え、具体的に提案しようとしているのであります》というような唯物論的国家・世界観とは、全く次元の違う異質なものなのです。


33-2) 谷口雅宣氏の〝信仰〟は、「唯物論に基づく地球環境至上主義(国際主義)的信仰」

 《信仰のレベルから考え》と書かれていますが、「信仰」というのもピンからキリまであります。『鰯の頭も信心から』という諺がありますが、「信仰していれば良い」という単純な信仰心を〝揶揄〟する意味も込められています。《信仰のレベルから考え》れば良いという、簡単な問題ではありません。いかがわしい「信仰」や「宗教」が多い中、「信仰」と「宗教」の実質的な中身こそが今問われているのです。

 「唯物論」の「共産主義革命」を〝信仰〟した為に、我々人類にこれ以上もないような悲惨な苦しみをもたらした、歴史的大事件を忘れてはなりません。「唯物論の共産主義思想」は、「信仰を否定した考え方」とよく言われますが、正確に言うと、「〝神・霊・心〟を否定した〝信仰〟」であって、「〝唯物論〟を肯定する〝信仰〟」なのです。

 つまり、「唯物論の共産主義思想」は、〝いかがわしい新興宗教〟のようなものと、あまり変わりません。近年、〝いかがわしい新興宗教〟が、色々と出現しています。少し前に「オウム真理教」なる〝反社会テロ新興宗教〟が現れて、サリン事件を起こしましたが、その大規模版が、「〝唯物論〟を肯定する〝信仰〟」である「共産主義思想」と言えます。

 世の中には、「唯物論を肯定する〝いかがわしい宗教〟」が色々とあります。「◯◯学会」「◯◯教会」等々、表面上「神」「仏」を説いている様に見えながら、本質的には「現象の迷いを認めている」宗教がある事を知らねばなりません。それらは〝宗教法人の非課税権益〟を利用して、膨大な利益を生み出し、影で反日工作を行っているのです。

 つまり、「〝神〟を説いていればいい」《信仰のレベルから考え》ていれば良い、というような問題では全くないということです。現在の「生長の家」教団も、「オウム真理教」や「◯◯学会」や「◯◯教会」と、大差が無くなって来ているとも言えるでしょう。表看板では「実相(神)」を説くと言いながら、実際は「唯物論」を説き、「反日活動」の拠点と化しつつあるのが現状です。谷口雅宣氏が《信仰のレベルから考え》ているのは、「〝唯物論的信仰〟レベルからの考え」「〝反日的信仰〟レベルからの考え」という意味であり、決して「現象無し」「実相独在」「神一元」の谷口雅春先生の〝信仰のレベル〟ではありません。

 一番重要な事は、「正しく〝物質無し〟〝実相独在〟〝神一元〟の真理を信仰しているか」という点にあります。谷口雅宣氏は、言葉尻では「神・実相」を称えながら、内実「唯物論・現象・二元論」を説いています。

 問題は《信仰のレベル》の〝中身〟であり、本来であるならば「物質を信じる信仰」「現象を信じる信仰」を完全否定した上で、「〝生命の実相〟(神一元)を絶対肯定する信仰」に入らねばならないのです。その点、谷口雅宣氏の〝信仰〟は、「唯物論に基づく地球環境至上主義(国際主義)的信仰」ともいうべき種類のものであり、生長の家の「生命の実相」の見方とは、全く無縁の〝信仰〟であると言えます。


33-3) 「唯物論に基づく地球環境至上主義(国際主義)的信仰」は、「共産主義」「グローバリズム(国際資本主義)」と同根

 このような谷口雅宣氏の「唯物論に基づく地球環境至上主義(国際主義)的信仰」とも言うべき信仰(思想)に、極めて似通った思想運動があります。その一つが、「共産主義運動」(コミンテルン ・共産主義インターナショナル)であり、もう一つが現在進行中の「グローバリズム(国際資本主義)」です。

 「共産主義運動」は、言わずと知れた「マルクスが考え出した唯物史観に基づくプロレタリア革命」です。その結果として創られた世界は、「共産党一党独裁」の人民からの搾取と、既存国家、民族、伝統、文化破壊の上に建てられた、「武力弾圧による地獄の独裁世界」です。

 一方の「グローバリズム(国際資本主義)」は、「市場開放」「自由貿易」「民営化」等のカモフラージュを装った、「国際金融資本家による通貨経済一極支配」であります。これも大多数の国民からの搾取と、既存国家、民族、伝統、文化、経済破壊の上に構築された、「情報操作と通貨支配による通貨経済独裁世界」なのです。

 これらは共に、既存の国家、民族、伝統、文化、宗教、価値観、国境を破壊して、共産党独裁、国際資本家独裁、通貨発行独占、経済独占を目的としている国際運動です。共産主義思想、リベラルの人々の多くは、既存の国家、伝統的社会制度、文化、宗教を、緩やかに文化的に破壊する方法として、「地球環境保護」運動の美名の元に活動しています。国家、国境、伝統、文化を越えた「地球環境保護」という視点を利用した、「伝統、文化破壊」が世界中で進んでいるのです。この「地球環境保護」運動も、「唯物論」を根源とする一種の政治運動なのです。

 この「地球環境保護」と「グローバリズム(国際資本主義)」は、100年前の「共産主義革命」と同根の思想だと言う事を知っておく必要があります。「共産主義革命」は「嘘と誤摩化し」の塊だったため、結果は悲惨を極めました。「グローバリズム(国際資本主義)」も、通貨・経済至上主義として、世界中の国家国民から利益を吸い上げ、極一部の金融資本家だけが資産を専有している歪みが、既に世界中に様々な問題を与えています。「地球環境保護」運動における「地球温暖化」の嘘も、既に証明されています。

※ 「あまむし庵」『8/生長の家の「地球環境問題」取り組みのウソ』http://56937977.at.webry.info/201406/article_5.html 参照

 谷口雅宣氏の称えている「国際平和信仰運動」も「唯物論に基づく地球環境至上主義(国際主義)的信仰」も、結局は一昔前の「共産主義運動(インターナショナル運動)」の亜流と言えます。


33-4) 谷口雅宣氏はまるで、自然破壊を続けて来た唯物思想の欧米人のような感性に染まっている

 《私は最近、人間が自然の一部であり、人間の幸福は自然を壊すのではなく、その懐に入って仲良くすることで体験できるということをよく感じるのであります。》と書かれています。宗教家であろうが無かろうが、その様な感性は、多くの人々が元来持っており、特に日本民族は、数千年に亘って、森羅万象を神々として拝みながら、自然と調和し、それを当たり前の様に生活してきたのであります。

 今更、宗教家と称する人物が、《私は最近、人間が自然の一部であり、人間の幸福は自然を壊すのではなく、その懐に入って仲良くすることで体験できるということをよく感じるのであります》と言われましても、多くの日本人からは、「そんなことは当たり前のことでしょう」と一笑に付されるだけであります。

 自然を破壊し続けて来た、欧米人が初めて目覚め、《私は最近、人間が自然の一部であり、人間の幸福は自然を壊すのではなく、その懐に入って仲良くすることで体験できるということをよく感じるのであります》と言うのであれば、「それは素晴らしい事に気付かれて良かったですね」と祝福もいたしましょう。しかしながら、自然と調和して生きて来た日本人にして、生長の家の総裁ともあろう人物が、欧米人が初めて目覚めたかのような気付きを、吐露していること自体に違和感を覚えます。谷口雅宣氏は、まるで「自然破壊を続けて来た唯物思想の欧米人のような感性に染まっている」と、言わざるをえません。


33-5) 谷口雅宣氏の思想的バックボーン

 前述した通り、谷口雅宣氏の思想は、「共産主義運動(インターナショナル運動)」の亜流であり、「グローバリズム(国際資本主義)」と同根であり、唯物思想の欧米人と同じ感性を持っていると言えます。何故谷口雅宣氏は、そのようになって行ったのでしょうか。次にその一つの痕跡を、推論を交えて考察してみたいと思います。

 谷口雅宣氏は、米国ニューヨーク、コロンビア大学大学院の国際学部で国際関係論を専攻したとされています。因みに、コロンビア大学は戦前から「対日・諜報スパイ組織」の中心的役割を持っており、「米国による日本を支配するための人材育成大学」との異名も付けられています。元々コロンビア大学は、「英国直結の米国監視・スパイ養成学校」として、アビール・ロウ一族の麻薬資金で設立されたという歴史があります。

 米国の大学の多くは、少数派の支配層であるユダヤ人が、学問の世界を通して「ユダヤ支配のための思想」を広める為に作られた、プロパガンダ組織であると考えて良いと思います。大東亜戦争で負けて米国の属国と化した日本人の多くは、こぞって米国大学に留学していますが、そこで吸収した思想は、「唯物的思想」と、「国際主義的思想(リベラル的、共産主義的思想)」と思われます。彼らの多くは、帰国後日本社会において、「唯物思想」「国際主義的思想」「反日思想」「リベラル思想」を定着させる為の、〝工作員〟的働きを担うように仕組まれていると考えられます。

 そのような背景を考慮に入れる時、谷口雅宣氏の実体が浮かび上がって来ます。氏は「対日・諜報スパイ組織」の中心的役割であるコロンビア大学に〝わざわざ〟留学し、「国際主義思想」「地球環境至上主義」「親共産主義思想」「反日本思想」である所の、「ユダヤ教的唯物主義信仰」を身に付けて、帰国したと考えられます。

 コロンビア大学の大学院留学は、日本における一般的評価として、一定のステータスシンボルと見られるでしょう。しかしその実体は、「西欧唯物思想」にドップリと浸かった、「ユダヤ人の唯物主義的国際統一運動」の〝エージェント〟の役目を担っているとも考えられるのです。

 世界を支配下に置こうとする国際主義勢力にとって、「日本」を支配下に置く事は必須の要件と考えられます。その為には、「日本」における思想的指導力を持つ「谷口雅春先生の生長の家」を、コントロール下に置くという戦略を立てるのは、当然と考えられます。そこで、元々リベラルに染まっていた谷口雅宣氏に、触手を伸ばしたのではないでしょうか。

 現在、日本の安倍総理を必死に引き摺り下ろそうとしている、マスコミ、共産党、民進党、立憲民主党等の反日勢力と、全く同じ行動を谷口雅宣氏は取っています。これら反日勢力の思想は、リベラルであり、共産主義思想であり、唯物思想であり、反日思想です。つまり、彼らが信じているのは、「ユダヤ教的唯物主義信仰」なのです。彼ら反日勢力と全く同じ思想を持って、行動している谷口雅宣氏を客観的に観察したとき、コロンビア大学において「ユダヤ教的唯物主義信仰」を勉強した(洗脳された)であろうことは、ここからも容易に想像がつきます。

 また、日本の政界に強い影響力を持つと言われている、コロンビア大学教授ジェラルド・カーティス氏等の影響力も当然あるものと推測できます。ジェラルド・カーティス氏は、60年代日本で政治の実態を研究したこともある日本専門家、「CIA対日工作部隊の先兵」と言われており、谷口雅宣氏がコロンビア大学大学院在籍当時の、1974年から1990年までコロンビア大学東アジア研究所長を務めています。

 更に、谷口雅宣氏一家と「生長の家教団」に、「◯◯教会」の関係者が入り込んでいることは、噂として多くの人々に知られています。本部では必死に隠そうとしているようですが、今では知らない人の方が少ないのではないでしょうか。元々「◯◯教会」は、よど号事件当時から北朝鮮との繋がりで、米国CIAの対朝鮮半島、対日工作の関係が噂されていました。近年、馬渕睦夫氏(元駐ウクライナ大使、元防衛大学校教授)の研究によれば、北朝鮮、旧ソ連、中共を影で援助していたのは、米国の国際主義勢力(ユダヤ金融勢力)であった事が、証明され始めました。米国の国際主義勢力の支配下にあると考えられる「コロンビア大学」と、北朝鮮と深い関係を持つ「◯◯教会」が、水面下で繋がっている可能性は高いのではないでしょうか。その流れから見ても、「◯◯教会」と「コロンビア大学」と「谷口雅宣氏」は裏で繋がっていると見るのは、自然な事かも知れません。

 話は少し飛びますが、現在、米国トランプ大統領(反グローバリズム)と、米国マスコミ・リベラル・グローバリズム勢力との水面下における鮮烈な戦いも、この事に深く関係しています。日本における安倍政権、マスコミ・リベラル・反日勢力との戦いと全く同じ構図です。このあたりの情報は、日本のマスコミ情報を見ているだけでは、全く分りませんが、馬渕睦夫氏や、国際政治学者の藤井厳喜氏等の情報を聞いていれば、理解ができるようになります。これから益々隠されていた真実が暴露されて来るでしょう。

 「迷い」は必ず自壊し、「嘘」「誤魔化し」「唯物主義」もいずれ自壊せざるを得ません。何故なら「迷い」は「本来実在していない」からです。どれだけ巧みに隠蔽しても、「真実(光)」が判明すれば、「迷い(闇)」は必ず暴露されることになります。


33-6) ユダヤ民族の守護神と日本民族の守護神との戦い

 谷口雅宣氏の思想的背景の問題を理解する為には、「共産主義」「国際資本主義(グローバリズム)」と「日本」との関係の本質を理解しておく必要があります。この問題は人類の歴史を理解する上でも、極めて重要な事と考えられます。この根本的問題について、谷口雅春先生の説かれた真理に基づいて、理解を深めたいと思います。その一つは、「ユダヤ民族の守護神と日本民族の守護神との戦い」という視点であり、もう一つは「〝(唯物論の)迷い〟は〝悟り〟が動き出し現象化しつつある道程である」という視点であります。

 まず、「ユダヤ民族の守護神と日本民族の守護神との戦い」という視点から見て行きます。戦前の黒布表紙版『生命の實相』第16巻の「神道篇 日本国の世界的使命」が、数年前光明思想社から『古事記と日本国の世界的使命』として発行されました。ここには、次の様に書かれています。

 《妙な言い方でありますが、資本主義組織を計画したのもユダヤの守護神であり、これを破壊に導いているのもユダヤの守護神であり、その変転の過程が彼らの乗ずる処であります。資本主義制度というものは、皆さん御存知の通り唯物論に出発している。総ての物を蓄積して、物の力によって一切を支配して行こうという働きであります。その反動として起っているかの如く見えているところの『赤』色運動というのも唯物論であります。本源は一つであるということがお判りになりましょう。》(谷口雅春著『古事記と日本国の世界的使命』156頁)

 《・・・ユダヤ民族の世界統一運動こそ、八稚女(やおとめ)を呑みほして、世界を『赤』一色で塗りつぶさんとの運動でありますから、地上に於けるユダヤ民族の世界統一の陰謀(或は無意識的なるその作謀を扶ける行動)などは、ユダヤ民族の守護神(国魂神)の傀儡となっているに過ぎません。》(同書161頁)《地上を見ていれば、人間と人間との葛藤でありますが、その本源を見れば、天の戦であり、ユダヤ民族の守護神と日本民族の守護神との戦いなのであります。》(同書162頁)

 つまり、「唯物的思想」に立脚する「ユダヤ民族の守護神」による「世界統一運動」は、資本主義、共産主義の繰返しとなって現れ、物の蓄積と破壊の繰返しによって「唯物論的に世界統一」を果たそうとする運動であります。それに対して、「日本民族の守護神」の働きは、〝大和の精神〟〝人間神の子〟〝自他一体〟の日本精神によって、「霊的な一体感」を果たそうとする運動です。

 この対立的構図は、『古事記』に書かれている所の、「伊邪那美大神(西洋の物質文明)と、伊邪那岐大神(日本の霊的文明)の神話に該当します。

 前者は、「現象有り」「物質有り」「迷い有り」「戦い有り」「破壊有り」の、唯物文明の発展と破壊を繰り返し、後者は霊的一体観(神の愛)による「大調和の平和な世界の構築」を促すものです。


33-7) 〝(唯物論の)迷い〟は〝悟り〟が動き出し現象化しつつある道程である

 もう一つの視点についてご紹介します。谷口雅春先生を通して〝神〟が直接語られた、『神真理を告げ給う』というユニークな聖典があります。この聖典に次の様に書かれています。《「では、その本来無き迷いが、どうして恰(あたか)もあるかの如くあらわれて来るのか」という最後の問が残るのである。その最後の問に〝わたし〟は答えることにする。あなたは仏教の「煩悩即菩提」という語(ことば)をたびたび聴いたこともあるし、読んだこともあるであろう。〝迷い〟がそのまま〝菩提〟の道程であるということである。〝迷い〟という「菩提(さとり)とは別なもの」があるのではないのである。〝迷い〟と見えているものが、実は〝悟り〟が動き出し、現象化しつつある道程であるから、〝迷い〟本来無しといい得るのである。あなた達が〝迷い〟だと思っているものは、実は〝わたし〟が〝神の国〟を地上に顕現するための土台又は地盤になるための精神的基礎工事を行うために授けたところのものなのである。》(『神真理を告げ給う』P44より一部引用)

注)『神真理を告げ給う』の文中の〝わたし〟とは、神様自身であります。神が直接語りかけたものです。

 つまり、「唯物論」は「迷い」であり、「迷いは本来無い」のですが、その「無い迷い」があるかの如く現れている見えるのは、「〝迷い〟がそのまま〝菩提(悟り)〟の道程である」ということであり、「〝神〟が〝神の国〟を地上に顕現するための土台又は地盤になるための精神的基礎工事を行うために授けたところのもの」と、教えています。

 「唯物論」の「迷い」が現れたという事は、「生命の実相(唯神実相論)」の真理が動き出して来た証拠であり、必ず「生命の実相(唯神実相論)」の悟りが展開することを意味しています。すなわち、必ず「迷い」は自壊し、「実相」が現れることが、約束されているという事になります。


33-8) 「地球環境保護」「親共産主義」「グローバル主義」は、「唯物的反日本思想」である

 谷口雅春先生の『古事記と日本国の世界的使命』によって、これら「共産主義革命」「グローバリズム(国際資本主義)」が、同根の「ユダヤの守護神」による働きである事が、御理解頂けたと思います。それに加えて「地球環境保護(地球温暖化防止)」も同根のものと考えられます。これらに共通して言える事は、「唯物論的要素」と「詐欺的要素」が強く、「国家、民族、伝統、文化」の破壊と、「通貨経済の一極支配」(物質的財産・通貨・領土の支配)を真の目的としていることであります。又、それらは、国家に帰属しない一部のユダヤ人を中心とする国際金融資本家による、唯物思想で世界を支配する為の道具であると言えます。

 谷口雅宣氏の主張は、次の三つの思想運動と結びついていることが解ります。一つ目が「地球環境保護」思想、二つ目が「グローバル主義(国際平和信仰運動)」的思想、三つ目が「親共産主義」思想であります。これら三つの共通の具体的目標として、顕著になって来た思想(政治)運動が、「反日本的、反国家的、反生長の家的、反生命の実相的思想運動」です。又、これらの三つの思想運動に共通している特徴は、「唯物主義」であり、「唯物論で世界を統一する」働きです。

 故に、「霊的に世界を和合させる」働きを持つ「日本国家」を邪魔者として、破壊工作が長年行われて来ました。三代目総裁による「生長の家の破壊工作(改竄工作)」も、その一環と考えられます。何故なら、谷口雅春先生を通して天降った「生長の家」の宗教的思想運動は、「日本国家の世界における霊的使命」を発現させる、〝中心的な働き〟であったが故に、「日本国家の破壊」を目指す為には、「生長の家の破壊」は避けて通れなかったと考えられます。

 二代目総裁の時代に入り、「〝生政連〟の解体」(谷口雅春先生が亡くなる直前)と「政治からの撤退」、「谷口雅春先生に信頼されていた幹部の排斥」「リベラル思想を持つ谷口雅宣氏の登用」等、徐々に路線変更が進み、リベラル色、国際色が強く現れて来ました。「国際平和信仰運動」なる標語を是認したのも、この時代です。同時に谷口雅春先生没後、徐々に教勢が衰えてきました。

 その後、現総裁となって、次の様な顕著な反日的左傾化が生じました。「日本侵略戦争肯定論」「占領憲法護持思想」「龍宮住吉本宮の鎮護国家否定」「谷口雅春先生の愛国書の絶版」「『生命の實相』の不活用」「唯物思想の〝経本〟発行」「谷口雅春先生が残された本部会館の取り壊し」「住吉大神の上位神格を持つ神々を合祀することによる住吉大神の隠蔽工作」「日本再生を誓う安倍首相に対する〝反安倍運動〟」「左翼活動家菅野完著『日本会議の研究』の頒布」「総選挙における安倍自民党反対運動」・・・と、数え上げればキリがありません。

 現在の「生長の家」教団は、共産党支援、民進党・立憲民主党支援、朝日新聞支援と、「反日左翼活動勢力」としての実体が明確に現れています。これらの流れは、「神一元の日本国」の存在を恐れて、破壊を目論む「唯物論的国際主義(共産主義)勢力」による、「日本破壊工作」の一環と言えます。


33-9) 《實在にあらざる物を實在せるが如く扱ふこと勿れ、實在にあらざる物には實在をもって相對せよ》

 「闇」は「光」を本質的に嫌います。「闇」は本来無いのですが、「光」を嫌う(遮断する)が故に「闇」となります。「生命の実相(光)」を拒否すると、「迷い(闇)」が一時的に現れて見えるだけです。谷口雅宣氏が「生長の家破壊工作(改竄工作)」に手を染めているのは、「〝光(生命の実相)〟から目を背けている」ことが原因と言えます。

 しかし、何も心配はいりません。「迷い(闇)」は必ず〝自壊〟して消え去ります。そして、全ての人間は「神の子(神)」でありますから、一番良い時に、「光」に向き合うように定められているのです。一日でも早く真理に目覚めた者が、正しい真理(生命の実相)を、鳴り響かせれば良いのです。「迷い(実在に在らざるもの)」を否定せずに是認することは、《實在にあらざる物を實在せるが如く扱ふこと》に当たります。《汝ら、實在にあらざる物を恐るること勿れ、實在にあらざる物を實在せるが如く扱ふこと勿れ、實在にあらざる物には實在をもって相對せよ》と、神は厳命しておられます。

《汝ら、實在にあらざる物を恐るること勿れ、
實在にあらざる物を實在せるが如く扱ふこと勿れ、
實在にあらざる物には實在をもって相對せよ。
真にあらざるものには真をもって相對せよ。
假相に對しては實相を以て相對せよ。
闇に對しては光をもって相對せよ。
非實在を滅するものは實在のほかに在らざるなり。
假相を破るものは實相のほかに在らざるなり。
虚妄を壊するものは真理のほかに在らざるなり。
闇の無を證明するものは光のほかに在らざるなり。
彼らに生命の實相を教えよ。》(谷口雅春先生著『甘露の法雨』より)

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