古-4/[1章3節]全ての存在を「神」と認める『古事記』

 以下は、ウェブサイト【『古事記』は地球問題の解答書】(うらしま たろう著)からの転載です。


   引用元【『古事記』は地球問題の解答書】
       http://furukotobumi.net/01chapter/01c-03.html


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『古事記』は地球問題の解答書

---- 時空の迷いを断つ『古事記(ふることぶみ)』----

第1章/『古事記』と「神道」の世界的歴史的意義について
[3節]全ての存在を「神」と認める『古事記』


1)西欧文明の悲劇的問題を解決するには

 では、これらの「西欧文明」の悲劇的問題に対する「解決方法」を、どのように見出すかを探り出さねばなりません。その「解決方法」に当たるのが、「東洋文明」の極に当たるところの「日本文化」にあると考えられます。以降は、「西欧文明」の様々な問題点を、抜本的に解決し得る「日本文化」についての考察に移りたいと思います。


2)「西欧文明」の原点『旧約聖書』/「日本文化」の原点『古事記』

 「日本文化」の真髄を何に見出すかについては、様々な意見があると思います。しかし、「天皇」「神道」「日本国家建国の理念」「日本民族の原点」を探ろうとするならば、『古事記』に学ばねばならないでしょう。『古事記』は「日本神話」の原典であります。日本文化は『古事記』から発していると考えて良いでしょう。『古事記』は「日本の神話」でありますが、前半で記述した「西洋文明」の神話であるところの、『旧約聖書』と双璧をなすものであると考えられます。「西欧文明」を紐解く為には、『旧約聖書』に対する深い理解を持たねばなりません。何故なら、『旧約聖書』の信仰基盤を学ばずして、「西欧文明」を語ることは、その文明を築き上げた民族の「信仰・思想・価値観・人生目的」等の精神的バックボーンを、無視する事になるからです。それと同じ意味において、「日本文化」を紐解く為には、『古事記』に対する深い理解を持たねばなりません。この二つの「神話」、『旧約聖書』と『古事記』を正しく理解する事によって初めて、地球における「人類の歴史と文化」を、複合的且つ大局的に理解し得るものと考えられます。


3)『古事記』に隠された深意を如何に読み解くか

 『古事記』の原文を読みこなす事は専門的知識を必要としますが、現代語で書かれた『古事記』の語りは極めて平易と言えます。しかし、そこに隠されている深意を汲み取る事は、至難の業であるとも言えるでしょう。『古事記』に関しては、多くの先達の解説書が存在しています。筆者は、『古事記』の全貌の理解には遠く及ばぬ浅学菲才の身でありますが、それら先達の書籍、ネット情報等々を学ばせて頂きながら、『古事記』に対する理解の一端なりを御紹介させて頂きたいと思っております。


4)「神が人間と一切万象を〝生んだ〟」という『古事記』の思想

 「『古事記』の最大の思想を一つ上げよ」と言われれば、筆者は迷わず次の事を申し上げます。それは、『古事記』の全体に流れている所の「生み」の思想であります。『古事記』は、神々の系譜であると共に、万物誕生の系譜であり、人間誕生の系譜であり、国家誕生の系譜と言えます。その「誕生方法」は、常に一定しています。その手法は、「神が神々を〝生む〟」思想であります。同時に「神が万物を〝生む〟」思想であり、「神が人間を〝生む〟」思想であります。ここに『古事記』の最大の特徴が現れていると考えられます。それは、「人間を含めた一切万象は、神が〝生んだ〟」という思想なのであります。


5)「神」が生んだ存在は「神」である

 「豚」が生んだ子は「豚」です。つまり、「神」が生んだ存在は「神」であります。「神」が「人間」を生んだのであれば、「人間」は「神」です。「神」が「万物」を生んだのであれば、「万物」も「神」です。故に、日本民族は、「自己を神として拝み」「他人を神として拝み」「森羅万象を神として拝んだ」のです。当然「神」が生んだ「天皇」は「神」であるが故に、日本民族は「天皇」を「現人神(あらひとがみ)」として拝み得たのです。ここに、「神道」の真髄が隠されていると思います。「神道」の神社にある御神体の「御鏡」は、「お参りする人間自身」を映し出す働きがあります。「御神体(御鏡)に映った〝自分自身〟を〝神〟として礼拝する」のであります。つまり、「神社参拝」は、「自分自身」を「神」として拝んでいることになります。


6)生まれた「神々、日本国家、天皇、人間、森羅万象」も「神」である

 この「神が一切万象(人間)を生んだ」という思想こそが、『古事記』の真髄であると筆者は思っています。この理解に立つ時、『古事記』の理解と、「日本国家」の理解と、「神道」の理解と、「天皇」の理解と、「人間」に対する理解が、圧倒的に深まるものと思います。つまり、『古事記』の思想によれば、「神」が「神々」を生み、「日本国家」を生み、「天皇」を生み、「人間」を生み、「森羅万象」を生んだのであって、「生れた」ところの「神々」も「日本国家」も「天皇」も「人間」も「森羅万象」も、一切は「神」であるという事にならざるを得ないのです。


7)神道の神社は一切の存在を祀り、自己と一体である事を確認する

 故に「神道の神社」では、「神々」は勿論の事、「天皇」も、「人間」も、「森羅万象」も、全て祀る事になります。そして、それを祀り、参拝している「参拝者自身」と、「祀られている神々、天皇、亡くなった人間、森羅万象」とは一体であり、参拝者である「自分自身」が「神」である事を、確認する場所が「神道の神社」であると言えます。


8)『古事記』の世界には「神」以外の存在はなく、互いに拝み合っている

 この『古事記』の世界と、「神道における神社の世界」には、「神」以外の存在は最早ないのであります。祀られている「神々」「天皇」「亡くなった人間」「森羅万象」と、祀っている(参拝している)人間とは、一体であり、全ての存在は「神」から〝生まれた〟「神」同士の世界なのです。すなわち、『古事記』の「生む」思想から理解するならば、この世界に存在する一切万象は悉く「神」であり、神聖なる存在であるということになります。これが、『古事記』の偉大さだと筆者には思えるのです。この「神一元」の世界観には、一切の争いもなければ、支配も被支配もなく、全ての存在が互いに拝み合っているのです。なんと美しい世界観でしょうか。


9)『古事記』に隠された数々の真理と教訓

 勿論、『古事記』の様々な記述に含まれる「神話物語」には、それぞれに深い真理と教訓が隠されている筈です。それらの全てを理解して、系統立てて整理する事を筆者は願っています。それには今後時間はかかるでしょうが、重要な個所については、断片的ではありますが、それなりの理解が出来つつあると思っています。


          うらしま たろう

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