古-12/[2章3節]量子力学によれば、「物質極微の世界」では「非客観的存在」である

人間を「物質的肉体的存在」という見方は、科学の最先端の量子力学の世界から見ると、間違いと言わざるを得なくなって来た。量子力学では、「物質は概念や振動そのもの」と位置づけられている。つまり、「何かが振動している」というのではなく、「振動そのもの」ということを意味している。言って見れば「念波」「心の振動」の様な存在に極めて近いと言える。ということは、量子力学の世界では、「物質は心の振動(波動)」と言っても決して間違いではなくなって来た。

「心」や「想念(心の波動)」は、科学的には証明されていないが、それらの存在を否定できる人はこの世界に誰もいないと言える。もし否定する人がいるとすれば、その人自身の「否定する心の想念」自らを否定することになり、自己撞着に陥ることになる。つまり、「心」や「想念(心の波動)」は、現実問題として認めざるを得ないことになる。

「心の波動」が感覚器官を通して観察される時、「物質」として認識されていると考えられる。つまり、「物質は心の波動」であり、「心の波動が変われば、物質世界は自在に変化する」とも言える。こう考えると、「物質=心」という結論になる可能性が極めて高い。

釈迦は、「色即是空」「空即是色」「五蘊(色受想行識)皆空」と悟られた。「三界唯心所現」の仏教哲学に、現代科学の最先端の量子力学はやっと追いついて来つつあると言える。結局、この量子力学の考え方からすれば、「心(波動)」が「物質」として現れていることになる。もはや、それを否定する事の方が困難を感じる。

吾々の体験からしても、それは当然の論理的メカニズムと言える。というのは、「心で想像し計画し設計したものが、現実社会に具体的に現し出される」、という最も基本的な社会行動のメカニズムから見ても、「心(波動)」が「物質」として現れるというメカニズムが正しい事を、吾々はとっくの昔から、当たり前の様に理解しているのである。この事を理解できなければ、人間は生きる事自体が出来ない筈である。
              (あまむし)


 以下は、ウェブサイト【『古事記』は地球問題の解答書】(うらしま たろう著)からの転載です。


   引用元「ふることぶみねっと」
      【『古事記』は地球問題の解答書】
      http://furukotobumi.net/02chapter/02c-03.html


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『古事記』は地球問題の解答書

---- 時空の迷いを断つ『古事記(ふることぶみ)』----

第2章/『古事記』の「唯神一元論」を科学的に証明する
[3節]量子力学によれば、「物質極微の世界」では「非客観的存在」である


1)量子力学的「物質の始原」は〝概念〟や〝振動そのもの〟

 現代物理学の「物質の始原の研究」の進展により、既に近代物理学の常識であった「物質的原因結果の法則」(客観世界のルール)は、量子力学の世界では、一切適用できなくなっています。物質極微の世界では、量子力学的〝概念〟や〝振動そのもの〟に、「物質の始原」を求める結論に至っています。まだまだ現代物理学は「物質の始原」の明確なる発見には至っていませんが、「超ヒモ理論」ではヒモのようなものの振動、「膜理論」では膜のようなものの振動と考えられています。


2)「概念」や「振動そのもの」とは、「物質的存在」「客観的存在」「観察可能な存在」ではない

 因みに「概念」や「振動そのもの」とは、「物質的存在」「客観的存在」「観察可能な存在」ではないということを意味しているのであって、どちらかと言うと「非客観的存在」「非物質的存在」「心的(想念的)存在」「概念的存在」に、極めて近い世界であることを意味しています。故に、量子力学の分野においては、古典的に「原因結果の法則」の「方程式」という手法が利用できず、「確率」「行列・ベクトル」等の「量子力学的検算方法」を利用しつつ、「量子」の推定に挑むしかありません。


3)量子力学では「物質の存在に対する否定」の方向に大きく舵を向けている

 このように、量子力学では、「物質の極微の世界」「物質の始原の世界」においては、「物質の存在に対する否定」の方向に大きく舵を向けていると言えるのです。物質が極微の世界でウヤムヤになり、〝概念的〟〝振動そのもの的〟量子(※注)として認められている事実は、何を意味するかと言えば、明らかに「この宇宙一切の物質なるもの」の本質は、「物質という観察し得る客観的存在」ではなくして、「観察し得ざる非客観的存在」であることを、暗にほのめかしていると言い得るのです。

(※注:量子)・・・《波は物質ではなくて「状態」です。海水という「物質」の、ある「状態」が波です。原子より大きい世界では、このように「物質」と「状態」をはっきりと区別できます。しかし、原子より小さい世界では、そんな区分ができません。 電子は「物質」ではなくて「状態」です。 ただし、海の「波」の場合の「海水」にあたる物質がありません。粒子性(物質の性質)と波動性(状態の性質)を併せ持つ、このような特殊な存在を、 普通の物質と区別するため、「量子」(quantum) と呼びます。その「量子」を研究するのが「量子力学」です。 電子は「量子」の代表格です。》(「30分でわかる量子力学の世界」より引用 http://www.ryoushi-rikigaku.com/quantum.html


4)「肉体人間」も「生命的・心的人間」も、共に「非客観的存在」

 それは「人間」にも言える事です。一般的に人間とは「物質人間」を指していますが、その「物質人間」の極微の世界、始原の世界に眼を向ければ、〝概念的〟〝振動そのもの的〟量子としての「非客観的存在」であると、必然的に理解せざるを得ないことになります。「人間」に対する認識の一般的な見方は、客観的存在としての「肉体人間」と、非客観的存在としての「生命的・心的存在としての人間」の両者が、両立していると考えられていると思います。しかし、現代科学の最先端とも言える、量子力学の概念においては、客観的存在たる「肉体人間」そのものも、実は「非客観的存在」であると考えられる様になって来たのです。すなわち、「肉体人間」なるものも、「生命的・心的人間」なるものも、共に「非客観的存在」として理解されるようになって来たということです。


5)「人間」を「物質的客観的存在」と決めつけることは「非科学的思考」

 「量子力学」の科学的研究成果を勘案するに、もはや、「物質的存在」としての「肉体人間」と「生命的・心的存在たる人間」との区別は、極めて困難と言わざるを得なくなります。「人間」を「物質的客観的存在」と決めつけることは、もはや「非科学的思考」「過去の常識に引きずられた考え」「思い込み」と言わざるを得なくなります。


        「ふることぶみねっと」
          うらしま たろう

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