65/【天皇の継続性−10】「日本」という国と「天皇」の存在は、「地上天国の雛形」である

90)日本の建国は『人間は神の子である』という「縦の真理」の理念の具象化

 西洋から遠く離れた極東の島国「日本」においては、『古事記』の神話に記されているが如く、「神」から生まれた「神々」「人間」「森羅万象」の系譜が説かれている。『古事記』に流れる根本思想は、「人間を含めた森羅万象は全て、神から生まれた存在である」という点にある。神武建国の肇より、延々と『人間は神の子である』という「縦の真理」が、国家理念の中心に据えられ、今日まで成立して来た国が「日本」であった。その『人間は神の子である』という「縦の真理」の最も象徴的存在が「天皇」である。そして、その『人間は神の子である』という「縦の真理」を象徴する「天皇」を、最も具体的且つ現実的に規定しているのが、「男系男子の遺伝子の継続」(Y遺伝子の継続)と言える。
 既に「男系男子の遺伝子の継続」(Y遺伝子の継続)が「永遠性の象徴」であると書いた通り、日本の「天皇」における「男系男子の遺伝子の継続」による「御代越し」は、『人間は神の子である』という「縦の真理」の継承であり、再確認であり、自覚であり、具象化であると言い得る。

91)地球世界の「心の法則」(横の真理)に基づく「唯物思想」は末期症状を呈している

 この世界を大雑把に表現するとすれば、『旧約聖書』の「心の法則」(横の真理)が中心となって発展し続けて来た「西洋文明(物質文明・唯物文明)」と、極東の島国「日本(古事記)」を頂点とする「東洋文明(精神文明・霊的文明)」に別ける事ができる。そして、その二つの成熟した文明同士の地球規模的融合が、今まさに始まろうとしていると考えられる。過去の地球世界は、「西洋文明(物質文明・唯物文明)」の発達によって、圧倒的に支配蹂躙された歴史だった。西洋植民地主義、近代物質科学の発展による物質主義、経済至上主義の資本主義、唯物思想の共産主義革命による伝統文化の破壊と虐殺、金融至上主義のグローバル化による世界各国の金融並びに経済の破壊等々、これら全ては、『旧約聖書』思想を基礎とした所の「物質文明・唯物主義」に基づく支配体制が原因であり、世界中の国々の独自の伝統文化が破壊翻弄され、末期的症状を呈しているのである。

92)「物質文明・唯物主義」の迷妄を脱するには、『人間は神の子である』という「縦の真理」が是非共必要となる

 この地球世界は、「物質文明・唯物主義」による破壊と支配が全体に蔓延して、最早為す術もなくなっている。この末期的状況を打破する為に、これからの地球世界に是非共必要となるであろうものがある。それが『人間は神の子である』という「縦の真理」である。ユダヤ民族が創作した所の『旧約聖書』思想を中心とした、「心の法則」(横の真理)に支配された肉体人間という「唯物思想」に対して、『人間は神の子である』という「縦の真理」を再発見しなければならないのである。過去にイエス・キリストが行なったと同じ様に、「物質文明・唯物主義」の迷妄を脱するには、『人間は神の子である』という「縦の真理」が是非共必要となるのである。

93)「大嘗祭」は、『古事記』の「天孫降臨」の神話を「今の一瞬に具現化する儀式」である

 今日、日本が世界的に様々な面で注目され始めた事は、その大いなる兆しであると考えられる。特に令和元年に執り行われた「天皇即位」の様々な儀式において、如実にその傾向が見出されたと言える。その中でも特に「大嘗祭」は、『人間は神の子である』という「縦の真理」の再認識であると言える。この「大嘗祭」の儀式は、日本建国の理想と『古事記』の神話に基づくものであり、「天照大御神」と「天皇」が寝食を共にする儀式を通じて、「天皇」が「天照大御神」と一体となる所の「天孫降臨」の自覚の発現である。この自覚の発現を通して、「現人神」としての「天皇」が確立する事になる。それは「天孫降臨」という『古事記』の神話を、「今の一瞬に具現化する儀式」と言える。この儀式が現在に迄継承されている事実は、現在の地球世界において、『人間は神の子である』という「縦の真理」を日本が中心となって、全世界の国々に広めて行く使命がある事を暗示していると思われる。

94)「天皇」が体現する『人間は神の子である』という「縦の真理」が浸透する時、「心の法則」が昇華されて完全に調和した世界が現出する

 「西洋文明(物質文明・唯物文明)」が行き渡った世界は、唯物的・利己的闘争で疲れ果てている。それは、本来無い所の物質世界をあると思う(不完全なものがあると思う)「迷い(錯覚)」という原因がある為に、「心の法則」に従って、その「迷い(錯覚)」そのものが現象世界に映し出されるからである。これからの地球世界に最も必要とするものは、「現象否定(物質否定・迷いの否定)」と、『人間は神の子である』という「縦の真理」である。その「現象否定(禊祓い)」と『人間は神の子である』という「縦の真理」の神話を持ち、且つ具体的な理想国家として完成せしめたのが、「日本」であり「天皇」である。「日本」と「天皇」の歴史に証明されている、「禊祓い」の「現象(迷い)否定」と、『人間は神の子である』という「縦の真理」が全世界に浸透する時、日本国家の様な「理想国家(神国)」が、続々と世界中に現出することになると考えられる。

95)キリストの真髄は、「日本民族の天皇信仰」と一致する

 『天皇は神(現人神)』であるから、「天皇」に自己を捧げる行為は、「天皇を愛する」究極の行為であり、それは同時に、「天皇の子供(神の子・大御宝)である全国民を愛する」行為となる。と同時に、国民一人一人にとっても、『人間は神の子である』という根本真理の把握ともなる。「愛」は一体感であり、「天皇(神)」に自らを捧げる「愛」の行為は、「神」との一体感そのものの行為となる。その事を日本民族は古来から知っていたと言える。又同時に、天皇は「全世界の平和を願う」存在であるが故に、「天皇を愛する」「天皇に捧げる」行為は、「全世界の人々を愛する」「全世界の人々に捧げる」行為と一致するのである。つまり、《汝の隣人を愛せよ》というキリストの真髄は、「日本民族の天皇信仰」と一致すると言い得る。

96)「キリストの再臨」とは、「人類が無我となって神に一切を捧げ切る」生き方を為す事を指している

 日本国民が霊的に目覚め、国民自身が「天皇」に自己を捧げる生き方をし始めた時、「物質文明・唯物主義」を象徴する「国際金融勢力」等によって支配されている地球世界は、一挙に変貌せざるを得なくなるだろう。それが、「キリストの再臨」の成就となって現れる。「キリストの再臨」とは、『人間は神の子である』という根本真理の自覚の上に立って、「人類が無我となって神に一切を捧げ切る」生き方を為す事を指していると言える。そして、その具体的行動は、「天皇(無我の実態的象徴)に対して自己の生命を捧げ切る」ことによって成就するだろう。何故なら、「神に一切を捧げ切る」という〝観念〟だけでは、野狐禅として又終始せざるを得ないからだ。「人間の完成」は、「汝の隣人を愛せよ」と命じたキリストの教えのように、「人々を愛する」具体的な行動によって裏付けられねばならないからと言える。

97)「大嘗祭」によって、『人間神の子』(神我一体)の真理を体現せられる「天皇」と、「国民の神聖性」を再認識する日本民族

 そのキリストの教えである所の『人間は神の子である』(神我一体)という根本真理を体現し、「汝の隣人を愛せよ」(国民を赤子として愛する/主客一体)という真理の実践を、2679年間の長きに渡って、126代延々と具体的に守り続けて来た存在が「天皇」である。「大嘗祭」において、天皇は天照大御神と一体となり「現人神」(人間神の子)を体現せられる。天皇即位における「大嘗祭」において、天皇が天照大御神と共に寝食を共にせられる儀式は、『宝鏡奉斎の神勅』の《吾(あ)が児(こ)、此の宝鏡(たからのかがみ)を視(み)まさんこと、当(まさ)に吾を視るがごとくすべし。与(とも)に床を同じくし、殿(おほとの)を共(ひとつ)にして、斎鏡(いはひのかがみ)となすべし。『日本書紀』》の体現である。これ即ち、「天照大御神」と「天皇」との「主客一体」に外ならない。天照大御神と天皇とが一体である事の「御自覚の完成」と言える。この「大嘗祭」を通じて、「天皇の神聖性」が確立される。日本国民は天皇の赤子であるが故に、この儀式を通じて日本国民全体が、「天照大御神との一体感」「国民の神聖性」を再認識する事になる。日本民族にとって、「天皇の神聖性」の確立は、そのまま「国民の神聖性」の確立と感じ得る事になるのだ。

98)天皇の「四方拝」と国民の「神社参拝・皇居参賀」は、「主客一体」の「拝み合い」の象徴行事

 代々の天皇は、新年元旦の「四方拝」において、日本国民のみならず、「全世界の人々と森羅万象を神として拝む」儀式を、毎年毎年実践せられてきたのである。同時に、日本国民は、皇居参賀を行い、地元の神社に詣でて、「天照大御神」や「八百万の神々」、並びに「天皇」を拝み、「神の御心の地上への顕現」が新年も成就した慶事を祝福する。この相互の「拝み合い」の行為は、「国民自身」と「天照大御神」「八百万の神々」「天皇」とが一体である事を表わす「主客一体」の象徴的行事と言える。
 如何に「天皇」が尊い存在であり、日本民族の意識が高いものであるかが理解できる。そのような即位の際の「大嘗祭」や元旦における「四方拝」の儀式の実態は、あまり知られて来なかったが、令和元年の「大嘗祭」は、日本国内に留まらず全世界に向けてネットでも拡散される事になった。それは、「天皇の神聖性」と「神性なる日本文化」が、全世界に浸透する一つの象徴とも考えられる。「大嘗祭」に象徴される『人間神の子の真理』(神我一体)の自覚と、『森羅万象を神として拝む』(主客一体)の生き方に他国民が目覚める時、各国で「地上天国」が実現し地球文明は完成するであろう。令和元年に行なわれた「ラグビーワールドカップ」において、観客が選手を祝福讃歎し、選手が観客に対して「お辞儀」をする美しい光景が全世界のラグビーファンに大きな感動を与えた如く、この「拝み合いの日本精神」が世界に広がる事によって、世界中に「地上天国」が実現するのである。

99)本来『心の法則(現象顕現の法則)』とは、自己が主人公であるということを意味している

 本来『心の法則(現象顕現の法則)』とは、「自己」の信じた所のものが、「時間空間の現象世界」に映し出される「宇宙の原理」を現している。これは、人間が心の奥底で信じているものが、この地上世界を作り出すということであり、人間がこの世界の主人公である事を意味している。つまり、人間の心の通りに現象世界が創り出せるという事は、人間は「神(創り主)」である事を意味していると言える。即ち、『心の法則(現象顕現の法則)』が現実に存在しているという事自体が、「人間は神の子である」(人間は神と同等の存在である)という事を逆証明していることになるのである。
 しかし、人間の心に「迷い(錯覚)」があると「神本来の完全な世界」が現象世界に現れなくなる。人間が「自分自身を不完全だ」と思い、「力が限られている」と思い、「罪や罰がある」と思い、「土の塵で造られた神の被造物だ」と思い、「肉体人間が自分だ」という「迷い(錯覚)」を抱いている内は、その間違った信念の表れとして、その人の環境には、「不完全」で、「自己限定」した、「罪や罰に縛られ」、「誰かを支配」したり、「誰かに支配」された、「唯物的」な悲惨な状態を現し出す事になってしまう。それを解消する為には、「人間は神の子である」という根本真理に還ることより他に道はないのである。

100)「日本」という国と「天皇」の存在は、「地上天国の雛形」である

 「人間が神そのものであった」という自覚に還る時、「神の御心」と「自分の心」とが一体となるが故に、『心の法則(現象顕現の法則)』の働きによって、その信念の証しとしての「神の御心」がそのまま「地上世界」(時間空間の現象世界)に映し出されて、「地上天国」が実現することになるのである。これが、キリストの『御心の天に成るが如く、地にも成らせ給え』の「主の祈り」の成就であり、「キリストの再臨」と言える。その『御心の天に成るが如く、地にも成らせ給え』の「主の祈り」の成就も、「キリストの再臨」も、日本における「天皇」と「国民」との間の「神としての拝み合い」の世界に、現実的に既に成就している事を知らねばならない。日本は『旧約聖書』で言えば、『エデンの園の東』に当る理想郷の象徴とも言えるだろう。『旧約聖書』「創世記」で「エデンの園」を追放された人類であったが、『エデンの園の東』には天使ケルビムが守っているとされる『生命の樹』が存在し、その『生命の樹の実』を食べた者は、「永遠に生きる者となる」と『旧約聖書』には書かれている。「永遠の生命を得る」とは、「人間は神の子である」との自覚を意味する。「キリスト」がその象徴であり、「天皇」と「日本文化」がその実践と言える。
 『衣食足りて礼節を知る』という諺がある。「物質的向上」の後に「霊的向上」が現れる事を示唆したものだと思われる。地上に「神の国(理想世界)」を実現するには、まず「物質的向上」が為された後に、「霊的向上」が成就して「地上天国」が実現するという〝自然の摂理〟の順序を、古人が直観で感じ取ったものではないだろうか。今までの地球の歴史は、ユダヤ民族に代表される「唯物主義(物質文化)」が、全世界に蔓延した時代だったと言えるだろう。世界中が物質的・経済的に極度に繁栄し、尚且つ物質的争いや精神的堕落で混沌としている今、『衣食足りて礼節を知る』の諺の如く、人類は次なる「霊的向上」を切に求めざるを得なくなるであろう。その「霊的向上」は、既に「天皇」を中心とする「日本文化」に準備されているのである。
 ユダヤ民族が創造した『旧約聖書』(心の法則・横の真理)と、日本民族が創造した『古事記』(人間は神の子である・縦の真理)とが、合体・融合する事によって、全世界に「地上天国」が実現することになるのである。「日本」という国と「天皇」の存在は、「地上天国の雛形」と言える。しかし、世界が「地上天国」となる為には、必ず通らねばならない関門がある。それは「現象無し」「物質無し」の真理であるが、日本はその関門を既に通ったればこそ、「地上天国」の国家を造り上げ得たのである。「現象無し」「物質無し」の究極の問題については、次の【物質無し】シリーズに譲りたいと思う。

 令和元年(西暦2019年)、天皇の御譲位と御即位、並びに大嘗祭が無事滞りなく終了した事に対して、国民の一人として心の底から祝福申し上げたい。この天皇の御存在と継続性は、地球人類にとっても実に祝福すべき慶事である事を再認識させて頂きつつ筆を擱く。(あまむし)

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