テーマ:中心帰一

7/ 中心帰一 その四 / 中心帰一の理念と「天皇」への展開

 中心帰一の書き込みは「その三」で終了する予定だったが、大変重要であることに改めて自分自身が気付いたため、続けて書込みを継続します。  この書込みも生長の家関係者向けの内容であるので、一般の方々には用語の理解を含めて違和感を感じる箇所があると思われますので、どうぞスルーしてください。 **************  どうも…
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6/中心帰一 その三/天皇に対する中心帰一

 三回目の「中心帰一」関連の書き込みです。今回も生長の家関連の書込みですので、ご興味のない方はスルーして下さい。 ****************  「人は何のために生きるのか?」という究極の疑問の答えとして、私は常々このように答えています。「人は何のために死ねるのか?」  人は如何に生きるべきか、と常に自問自答してい…
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5/中心帰一 その二 / 「菩薩は何を為すべきか」第九条

 二回目の「中心帰一」関連の書き込みです。生長の家関連の内容ですので、ご興味のない方はスルーして下さい。 ****************  生長の家では何かある度に「中心帰一」と幹部はおっしゃる。その根拠は決まって「菩薩は何を為すべきか」第九条にある次の文章を唯一根拠として持ち出すのです。少し長くなりますが引用いたしま…
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4/中心帰一 その一/現象の迷いの否定を通さない「中心帰一」は中心帰一ではない

 三回に亘って「中心帰一」について考えてみたいと思います。この話題は国家論、組織論で述べられることが多いが、さらに宇宙の成り立ちにも関連することでもあります。私自身ご縁のあった生長の家で、特に強調されて使われているのですが、この「中心帰一」の使われ方によって、様々な疑義が生ずるにあたり、一言持論を公表することとなった次第です。ご興味のな…
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